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緊急入院中
大動脈解離は、大動脈の内壁が剥離して血管内を浮遊している状態となっていることを言います。大動脈なので手術不可、治癒もしないので、今後も血管に爆弾を抱えたままで生活することになります。
不幸中の幸いは、大動脈破裂という最悪の事態にならなかったことと、大動脈でも心臓から下方向(Stanford B型)の大動脈なので、脳への影響がないことです。
発症
7月19日の夜19:30頃に会議していたところ、突然、強い痛みが背中を走り、声も出なくなりました。ちょうど会議で怒ろうと思った瞬間でした。(これから怒ろうと思った相手に)まさか「救急車呼んでくれ」とも言えず、痛みをこらえて、その会議を終わらせ、痛みが少し収まるのを待って、そのまま会社から自宅に帰りました。
なんとか這うようにして家に帰ったのですが、痛みがひどく、結局夜中の3時頃に近くの病院の夜間外来を頼ってタクシーで行きました。
都心の夜間外来は急性アルコール中毒や過呼吸症など「夜」の患者が多く、患者あしらいもぞんざいなのですが、CTスキャンを撮った結果、大動脈解離であることがわかり、急に「重症患者」扱いとなり、血管外科の当直医の先生も駆けつけ、そのままICUに緊急入院となりました。
入院
大動脈破裂のリスクが高い発症後72時間はICUにて集中治療を受けることになりました。初ICUです。
7/22(金)に、ICUから血管外科病棟に移動、当初は病棟内でも観察室というところに居て、血圧、心電図などを24時間モニタされていて、動くこともできませんでしたが、7/25から一般病室に移動となり、少しずつ病室近隣エリアの歩行などができるようになってきています。
食事は、ずっと点滴だったのですが、7/25(月)の昼から減塩食を食べれるようになりました。携帯電話メールは7/27から1日に2,3回チェックできるようになりました。8/4(木)から館内歩行とシャワーの許可が出て、日常生活に少しずつ戻りつつあります。
本日(8/8)一時外出許可が出たので、20日ぶりに自宅に帰りました。
これから
入院4週間、自宅療養2週間といわれていますので、あと1週間程度の入院と、2週間の自宅療養が予想されます。今日、病院から自宅まで1kmほど歩いて帰って来たのですが、入院前に比べて歩行速度が半分くらいになっているのと、右足が思うように前に出ないのが気になります。
また、食事制限(塩分、糖分、脂肪分)は結構言われているので、勝手気ままに食べたいものを食べる生活はできなくなると思います。タバコもダメでしょう(といいつつ、今日3本吸ってしまいましたが・・・)
短期的なリスクもさることながら、長期的にどのようなリスクを背負い込むことになるのか、担当医によく聞いてみる必要があると思います。
いずれにせよ、しろくま逃避行も当面はおあずけです。
ララの子訪問ログ
4月の頃は、まだあどけない表情を、

5月は、お母さんのプール特訓でちょっとへこたれているところを、

6月になると、プールに飛び込む姿も様になってきたところを、

ずっと見ていました。3回の訪問で述べ40時間くらいは見ていたと思います。
この時期は成長も早く、体重も30kg近くになったと思います。4月の頃は、子犬のようにも見えましたが、6月になると、もうクマの顔つきです。

昨日で日動水協の繁殖基準(6ヶ月)をクリアしましたので、やっと繁殖成功にカウントされます。
この後も、生後12ヶ月前後で80-100kg位まで成長しますので、まだ暫くの間は頻繁に通う必要がありそうです。
先月末、ファミリー会員向けに名前候補の募集がありました。ピリカ、イコロ、キロルとアイヌ語由来のネーミングが続いていますので、その路線で考えてみたのですが、リンカ(アイヌ語で希望)とノンノ(アイヌ語で花)のどっちにするかさんざん迷って、結局リンカで応募しました。
名前候補3つは7月上旬に発表され、8月上旬に命名式があるとのことです。今シーズン生まれで名前が決まっていないのは、ララの子(そういえば、今年アラスカで保護され、ルイヴィル動物園に移動することが決まった赤ちゃんもまだ名前がありませんが・・・)だけですので、早く名前が決まって欲しいと思います。
Thankful --- Ruth Sahanaya
シロクマ逃避行は少しお休みしていますが、久しぶりにインドネシアポップの新譜をアップします。

最近デビュー25周年を迎えたRuth Sahanayaの「Thankful」です。ソロ名義のスタジオ録音としては、2006年のJiwaku以来かもしれません。全5曲のミニアルバムですが、どの曲もいい感じです。
You TubeからはChandraとのデュエットでRahasia Pengagumを。
近況報告
3月11日から16日くらいまでは自社拠点の被災地エリアとの通信網復旧に奔走していましたが、今は計画停電に翻弄されています。自社のプライマリ・データセンターが計画停電エリア内にあり、発電機の準備と稼動、場合により他データセンターへの移転の計画と準備、と日々綱渡りが続いています。来週は年次決算のため、経理システムを連続5日稼動させなければならないのですが、発電機の容量、燃油の調達リスクがある上、先々の計画停電スケジュールが読めず、ぎりぎりまで関係部署との調整に奔走しており、日々家に帰ってこれるかどうかもわからない危機的状況にあります。
当分の間、しろくま関連の投稿はお休みさせていただきます。
ララの子供はお披露目間近?
この写真を見ると、ちゃんと4つ足で立っているようです。ひょっとするともう歩けるかもしれません。
今日「ララ感謝イベント」の案内も届きました。
もうすぐです。一気に気分も盛り上がってきました。楽しみでしょうがありません。
(本当は、これから仕事が忙しくなるのですが、全く仕事に心が入りません。大丈夫かな?)
徳山動物園のホクト逝く
山口県周南市の徳山動物園で、オスのホッキョクグマ、ホクトが3月5日の午前10時に死んだそうです。老衰だそうです。1984年カナダ生まれの推定27歳でした。(毎日新聞山口版)
昨年11月に訪問した際も、かなり痩せ衰え、くたびれた印象が強く、心配だったのですが、やはりそうでしたか・・・。

狭い展示舎を相方のユキとシェアしており、午前か午後の半日だけ、外に出てきていました。ユキが室内で暴れていて、その音がとても耳障りで気になったのを覚えています。ホクトにとっても相当なストレスだったとおもいます。

痩せた老齢のオスのホッキョクグマはどこか威厳と寂しさが漂っていて、見ているこちらも引き込まれてしまいます。この日も、ホッキョクグマ舎前から動けなくなり、ほぼ一日、じっと見ていました。

そういえば、2006年から2009年の間、BLでとべ動物園に出張していました。高齢の身でよく頑張った、と言いたいです。本当にご苦労様でした。安らかに・・・
(2010年11月27日 徳山動物園)
ゴルビー逝く
猛獣舎のハングアップの上で座っていることが多く、妙に貫禄のある個体だなあ、と印象に残っていました。
聞けば、1992年に旭山に来園したとのこと。なるほど、20年近く、旭山の歴史を見てきたわけです。

写真は一昨年12月のものです。何を見つめていたのでしょうか・・・
(2009年12月19日 旭山動物園)
サツキとポリタン
「みんな、イワンばっかり見ないでよ」と言わんばかりに、どんがらどんがらと音を立てて遊びます。

「どうせ、私はもぐもぐ下手くそだったわよ。泳ぎも好きじゃないし・・・でも、ポリタンなら上手よ」、ともぐもぐに代わる企画を検討しているのかもしれません。あるいは、「あのもぐもぐタイムの解説の声を聞くと、私がダメだったことを思い出して悲しくなるのよ」、と過去の嫌な思い出をかき消そうとしているのかもしれません。

「別にもぐもぐタイムを邪魔しようとは思ってないの。私もおやつ欲しいだけなの」と訴えかける瞳がいじましいです。

(2011年2月26日 旭山動物園)
イワンとルル



ラブラブです。
(2011年2月26日 旭山動物園)
ピリカの休日 - 旅立ちの予感
土曜日に、円山動物園でピリカを送る会が開かれていたのですが、私が行ったのは日曜日です。
雪が結構降っていて、人も少なかったのですが、ピリカはなんだか落ち着きがありません。昨日(土曜日)のイベントを無事にこなして、ほっとしている訳ではなさそうです。

そのうちに、疲れてしまったのか寝転んでしまいました。最近、多和田葉子の『雪の練習生』を読んだせいか、勝手にアテレコしてしまいます。「私はもうすぐ旅立つの。分かるわ。昨日ケーキが出てきたでしょ。あれが出てくる時は、遠くに行くのよ。」 心なしか寂しそうです。実は眠いだけかもしれませんが・・・

「もう、ここの雪ともお別れね。どんな味がするかよく覚えておかなきゃ・・・」 雪に鼻を突っ込んだまま寝てしまいます。

もう夢を見ています。「それにしても、昨日のケーキは美味しかったわ。あれが食べれるなら、何度移動してもいいわ・・・私がんばる。」 ピリカのベロだしは寝ている時も健在です。

「旭山には伯母様がいるわ。それに、少し恐いお姉さまも・・・。そうだ、挨拶の練習しなきゃ」 夢の中でも例のポーズを練習しています。

来週からは、旭山のピリカです。円山動物園のホームページによると、3月2日の朝に出発だそうです。旭山では、サツキとの同居だと思われますが、2頭同時展示か、それとも時間差展示か、など、不安と楽しみが半々です。「もぐもぐ」をやることはないと思いますが、見てみたい気もします。
(2011年2月27日 円山動物園)




